2026年富士ヒルでゴールド獲得。負け戦濃厚から64分25秒で掴み取った話

2026年Mt.富士ヒルクライムの記録証とゴールドリング レース・イベント
64分25秒。長年追い続けたゴールドをようやく掴むことができました。

もう何年前からチャレンジを始めたのか、忘れてしまったぐらい長く追い続けてきた富士ヒルのゴールド。あと数十秒。そのわずかな差で届かなかったことも。

結果からお話をさせていただくと、2026年 第22回 Mt.富士ヒルクライムはというと、

64分25秒。

文句なしのゴールドを獲得することができました。

しかし、このゴールドははっきり言って、簡単なものではありませんでした。

試走の記事でもご紹介させていただいた通り、今年の富士ヒル試走は過去一と言ってよいほど悪い結果でした。タイムも悪く、パワーも出ず、正直かなり打ちのめされました。

一方で、千葉でのトレーニング内容だけを見れば、今年はパワーの伸びも良く、過去最強と言ってよい状態でした。千葉では、平地だけでなく、アップダウンがあっても、純粋な登りである鹿野山でも300W以上の登坂を安定して複数本こなせるようになっていました。さらに、登りの10分TTでも過去最高レベルの出力が出ており、少なくとも低い標高の登りでは、これまで以上に走れる状態だったと思います。

それでも、富士ヒルの環境、富士スバルラインでは驚くほどパワーが出ませんでした。

もちろん、高地順応によってパワーが落ちること自体は分かっています。
ただ、それを考慮しても、この差は想像以上に大きく、単純な登坂力不足だけでは説明しにくいものだと感じています。

これらのデータから、自分は富士ヒルのように標高が上がっていく環境で、他の人よりも大きくパワーが落ちやすいタイプの可能性がかなり濃厚だと気づいたのは、富士ヒル本番まで残り1週間を切ってからのことでした。

もちろん、原因を完全に断定することはできません。
ただ、平地や鹿野山でのパワーは年々上がっているのに、富士ヒルでは思うように結果へつながらない。むしろ高地で使えるパワーだけを見ると、伸びているどころか落ちているように感じる部分もありました。

なぜそこまで落ちるのか。
高地順応なのか、酸素を取り込む能力なのか、呼吸や循環の問題なのか。

そのあたりの詳しい分析は、また別の機会があればまとめたいと思います。

今回は、そのような不安と課題を抱えたまま臨んだ、2026年富士ヒル本番のレースレポートです。

そして結果としては、64分25秒。

過去最高に苦しく、それでも最後まで諦めずに掴み取ったゴールドでした。

前日

前日は、相変わらずの渋滞でした。

朝5時前に出れば2時間ほどで到着するのですが、7時に到着しても早すぎてしまいます。家族との兼ね合いもあるので、毎年なんだかんだで8時半ごろの出発になります。

ただ、この時間の出発となると、そう簡単にはいきません。大渋滞に巻き込まれたり、パーキングで昼食を取ったりしつつ、前日受付に到着したのは13時半ごろでした。

なんだかんだで、渋滞を含めて移動時間は約4時間。

もう到着した時点で、足腰はパンパンでした。

前日受付を済ませ、エキスポ会場はさらっと一周だけして、早々にホテルへ向かいました。ホテルのチェックインは15時ちょうどくらいでした。

その後は、プシュッ!と少しアルコールを入れつつ、河口湖畔を散歩しつつ、恥ずかしがり屋な富士山を拝みつつ、温泉に入ってじっくり身体をほぐしました。

それにしても、温泉パワーは最高です。

あれだけガチガチに固まっていた足腰が、かなりほぐれました。

それと、毎年泊まるホテルは海外の方が多いように感じますが、富士ヒル参加者と思われる方はあまり見かけませんでした。会場近くのビジネスホテルなどは、駐車場から富士ヒルモード全開になることも多いのですが、今回はそういう雰囲気ではなく、比較的リラックスして過ごすことができました。

夕飯は、相変わらず非常に美味しかったです。ただ、どんなに柔らかくても、油っぽい肉が年々だめになってくることに、少し年齢を感じて悲しくなりました。(笑)

ともあれ、再度温泉でしっかり身体をほぐし、早めに就寝しました。

当日の朝

相変わらず慣れない環境下での睡眠は非常に悪く、1~1.5時間おきに目が覚め時間を確認するような睡眠でした。

それでも、4時までは大人しくしていようということで、4時を確認し、起床しました。

起床に関してはいつも通りの時間なので、特別にものすごく早起きという感じではありませんでした。習慣というのはすごいものです。

それでも、いつものことながら、富士ヒル当日の朝は本当にご飯が食べられません。昨年あたりから、無理に食べなくても何とかなるということは分かっていたので、りんごジュース、バナナ、おにぎり半分だけを食べて、しばらくゴロゴロと過ごしていました。

ホテルの大浴場は5時から使えるので、5時に温泉に入り、身体をしっかり温めました。これは毎年恒例です。寒い状態で外へ出たくないですし、身体もほぐれリラックス効果もあるように感じているので、効果は抜群です。緊張しがちなので、外側からでもリラックスのできることを行うことで少しでもストレスを減らす作戦です。

お風呂のあとに着替え、最後に小さい蒸しパンを食べようとしましたが、これは無理でした。_:(´ཀ`」オエーーー

ウェアは昨年同様に、ビオレーサーのワンピース。インナーは夏用インナーにメッシュインナーを重ねました。足先は、エアロ効果も兼ねてトゥカバーを使用しました。富士ヒルは後半が寒いので、足先の冷え対策です。

計画ではホテル出発前にエネもちを1本食べる予定でしたが、それも無理でした。

ホテルを出たのは5時半。昨年よりも10分早い出発です。

富士ヒル当日の朝にホテルを出発する様子

会場には6時前には確実に到着していましたが、すでにかなりの人でした。とりあえず整列順を確保するために誘導員に従って自転車を置きました。この時点ですでに5列目くらいだった気がしますが、年々整列が早くなっているように感じます。

そしてトイレへ向かいます。これがまた大渋滞でした。30分くらいは並んだと思いますが、ちょうどギリギリで入れたので、タイミングとしてはよかったと思います。

トイレのあと整列へ戻ります。昨年よりもごちゃごちゃにならず、5人ずつきれいに並んでいたのは非常に良い方法だと思いました。

整列中に何か食べられるものを考えましたが、やはりエネもちは重かったです。それでも列が動き出すギリギリに、バナナ味のジェルを1個流し込みました。そして出発直前、スポーツようかんのカフェイン入りを一口、二口だけ食べました。

このタイミングはかなり良かったと思います。

スタート、そしてゴールドトレインへ

※レース中はかなりいっぱいいっぱいだったこともあり、記憶が曖昧な部分もあります。
通過地点や集団内での細かな出来事については、多少前後している可能性がありますので、その点はご了承ください。

スタート地点までの移動はパレードランです。

今回も整列時に周囲のゼッケンを探していましたが、目標タイムがゴールドの選手はほとんど見当たりませんでした。

これは一人旅になるかもしれない。

そう思っていたところ、スタート地点までの移動中に「ゴールドトレインどれだっけ?」「ゴールド!」というような声が聞こえてきました。

もう、ここはいくしかありません。

するすると、その集団と思われるあたりへ移動し、そのままスタートとなりました。

コントロールラインを通過した時点では、4番手くらいだったと思います。ペースもそこまできつくありません。料金所前には10人くらいの集団ができていたと思いますが、後方がどうなっていたかは分かりません。

ともあれ、富士ヒルの序盤はトレインの出入りが激しいです。脚が合う、合わないもありますし、入ってもすぐに離れたり、ついてみても耐えきれずに下がったりということがよく起きます。

集団内には非常に声出しの良い選手がいて、その選手を中心に、集団は最後まで走り切ることになります。

中盤、ローテが回り始める

序盤から、きれいにローテが回っていたわけではありませんでした。

不慣れな部分もあったのか、一人が長く引きすぎてしまい、「代わって」と声がかかっても、なかなかうまく回らない場面もありました。

それでも、一合目下駐車場を過ぎ、二合目あたりまでには、少しずつローテが回り始めました。

声が増えるにつれて、非常に良い流れができてきていたように思えます。

先頭交代のタイミングでパワーが上がりすぎれば、「抑えて」と声がかかります。平坦区間の前や、勾配がきつくなる前にも、どんどん声が飛びます。先頭を終えて下がるタイミングでも、ねぎらいの声がかかります。

先頭から下がるときは、トレインの最後尾を確認しながら下がります。さらに最後尾の方も声を出して入りやすくしてくださっていたので、無駄な加減速が少なく、各々の負担もかなり抑えられていたのだと思います。

さすがゴールドを狙う選手の集まりです。皆様、ローテやまっすぐ走る技術が高く、集団としての安定感もかなり高かったと思います。

サイコンはほとんど見ていませんでしたが、強度としてはギリギリ耐えられるくらいでした。相変わらずパワーは全然出ていません。ただ、集団に入っていることで、何とかペースを維持できていました。

それでも15分、20分と経過していくうちに、「これをあと何十分も続けるのは嫌だ」「これはちょっときついかもしれない」と考えていました。

やはり高地では、本当にパワーが出ません。

樹海台の通過は、29分30秒くらいだったと思います。ペース的にはかなり良い感じでした。

大沢駐車場付近、最大の山場

レースは進み、標高が上がっていきます。

霧が濃くなり始め、徐々に視界も悪くなってきました。

この段階で「ペース的にどうなん?」という声がかかりましたが、もう低酸素状態で頭はパー状態です。全然分からず、理由の分からない返事しかできなかったと思います。スミマセン(汗)

完全に経験上の話ですが、富士ヒルのポイントは大沢駐車場前後だと考えています。だいたい集団が分断したり、千切れ始めたりするのは大沢の手前です。肉体的にもきつく、限界を迎えやすいポイントであり、気持ち的にも40分前後で切れやすいタイミングだと思います。

太鼓の音が聞こえ始めます。

昨年はここで中切れを埋められず、ズルズルと落ちていきました。

今年は絶対に切れるわけにはいきません。

ここでドロップしたら、ゴールドは100%ありません。

おそらく、この太鼓と応援、そしてペース的な要素もあり、ここで一段階ペースが上がるのだと思います。

とにかく耐えます。

大沢の太鼓の応援を越え、なんとか耐えることができました。

しかし、きつかったのは私だけではなかったようです。

私自身、もう限界に近い状態で食らいついていましたが、その後、大沢を越えてすぐにペースが少し落ちました。

やはり、きついのは自分だけではなかったのです。

このときに本当に思いました。

みんなきついのだと。

大沢付近で千切れそうな場合、ここは本気で勝負どころになります。
何が何でも、死ぬ気でついていくことをおすすめいたします。

奥庭まで、限界ギリギリの粘り

大沢から奥庭前までの区間が、本当に嫌いです。
永遠のように感じる時間です。

大沢後の一つ目のヘアピンを越え、次のヘアピンを越えれば奥庭までもう少しです。しかし、奥庭までまだ届かないタイミングで、ローテに入ることができなくなりました。

ここまで来て中切れを起こすわけにもいかないので、ローテを抜け、前に出てもらいました。それでも集団最後尾で必死にしがみつきます。

もう限界ギリギリです。

でも、なんだかおかしいのです。まだ踏めるのです。

まだ踏めるのに、踏んでしまうともう回復しない。これ以上踏んだら終わる。終わりが自分でも分かるような感覚でした。

高地ならではなのでしょうか。

勾配がきつくなればなるほど苦しいのですが、それでも踏めるという不思議な感覚です。ただし、一瞬の踏みすぎで終わる。そんなギリギリの状態でした。

奥庭駐車場が見えてきました。奥庭が見えた時点で58分台。勾配がきつくなるポイントで前が詰まります。

ここが最後の大きな登りです。このあとは平坦区間になります。何が何でも耐えどころです。

奥庭通過は、たしか59分ちょっと過ぎるくらいだったと思います。

ここまで、なんとか耐えた。耐えたという感じです。

ただ、この時点ではまだ、ゴールドまで届かないかもしれない。ゴールドは現実的ではないかもしれないと感じていました。

多分、酸素が足りていなかったのだと思います。

最後の平坦区間

奥庭付近で前の集団と混ざり、平坦に入る前にはかなりの大集団になっていました。

平坦区間では、20人くらいいた気がします。私の後方にはほとんど人がいなかったので、集団後方に位置していました。

奥庭以降の平坦で離れた時点で終わりです。

登りが終わった直後の加速で離れてしまうことは、よくあります。登り終えてもすぐに休むのではなく、あと数秒間だけでよいので踏み続ける力が必要になります。ここで踏ん張れないと、平坦区間で大きくタイムを落とすことになります。

加速で前との車間が開かないように、少しだけ脚を前借りしました。その後、加速が落ち着いた頃に、ほんの少しだけ脚を緩められた気がします。

平坦区間は、視界が異常に悪かったです。10mくらいだったでしょうか。特にトンネル内は視界が悪く、ギャップや左側を走る選手を抜くときはかなり慎重になりました。トンネル内でも「ご注意ください!」とアナウンスされていた気がします。

視界不良の中でも、運もあって大きな集団となり、平坦区間はかなりのスピードで進んでいきました。

それでも長い。
本当に長く感じました。

平坦区間が異常に長く感じました。

ようやく見えた2個目のトンネルを越えます。2個目のトンネルを越えてから、最後のトンネルまでも本当に長かったです。

一緒に走ってきた集団の選手がどこにいたのかは、この時点でもう分かりませんでした。

最後のトンネルからゴールまで

最後のトンネルに入る前、斜度が上がって速度が落ちます。

62分台。

今年はレース前にパワーデータを細かく分析していたこともあり、ゴールドは完全に諦めかけていました。しかしこのとき、初めてゴールドを掴めそうだということ、現実にゴールドへ近づいていることをはっきり意識しました。

トンネルに入ります。焦ってはいけない。でも、時間はギリギリかもしれない。もう低酸素で頭が回らなくなっていたと思います。それでも、強度を上げ始めます。トンネル内は少々混み合っていた気がします。

抜きます。声をかけて、強度を上げていきます。

トンネルを抜け、ここでギリギリ間に合わなかったら、そんな考えがよぎります。

もうサイコンなんて見なくていい。前をしっかり見て、全力です。

タイムを見ても、これ以上を出せることはありません。逆に、緩めることもありません。

もうすべてを出し切るしかありません。

絶対にゴールドを取る。

もう何年目だ。

それしか考えていませんでした。

ゴールまでが長いです。計測ラインが見えません。視界も悪く、そこまで先が見えていなかったのかもしれません。

とにかく必死で走りました。

徐々にアナウンスの声が大きくなってきたような気がしましたが、何を言っていたのかは分かりません。

見えた。

計測ラインを越えて、ラップを切りました。

手元ラップで1時間04分28秒。

これだけ余裕があれば、ラップが多少ズレていたとしても、ゴールドは確実だと考えました。

「よっしゃぁ!! ゴールド獲ったぞ!」

もう、吠えました。

そして一気に思いが溢れ、泣きました。

嬉しかったのか、達成感だったのか、辛かった時間から解放されたからなのか、何だったのかはよく分かりません。

ただ、とにかく様々な感情が一気に溢れてきました。

何年もあと一歩で届かなかったゴールドに、ようやく届いた。
その事実が、少しずつ頭の中に入ってきました。

そのあとで、ようやく身体が完全に終わっていることに気がつきました。

呼吸はなかなか整わず、脚は止まっているのか回っているのかわかりません。気がつけば、ふらふらと下山荷物を受け取りに向かっていました。

多分、酸素が少なかったのだと思います。

ゴール後

富士山は大好きです。

でも、その思いは長年、一方通行だったみたいです。

日々のデータを見ても、スバルラインのように標高が上がっていく環境では、低酸素によるパフォーマンス低下の影響を、他の人よりも大きく受けやすい体質かもしれません。

どんなに練習をしても、年々伸びるどころか、富士ヒルに限っては記録が変わらない。むしろ、記録が落ちていくように感じることもありました。

それでも今年、ようやくゴールドに届きました。

ゴール後は、同じトレインの方々にお礼を言うことができてよかったです。同じトレインの方々は、ほぼ皆様ゴールドを取れていたようでした。

はっきり言って、一人では絶対にゴールドを取ることは無理でした。

一緒に走っていただいた皆様には、感謝しかありません。

最後にローテに入れなくなってしまったことは、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

それでも、このトレインがあったからこそ、最後まで諦めずに走ることができました。

そして、64分25秒。

長年追い続けた富士ヒルのゴールドを、ようやく掴むことができました。

富士ヒル完走後に食べたふわふわパンケーキ

あとがき

ゴール後、一緒に走らせていただいたトレインの皆様と写真を撮らせていただきました。

最高の時間を本当にありがとうございました。

もし偶然にもこの記事を読んでくださっている方がいらっしゃいましたら、写真をお送りいたしますので、お問い合わせフォーム等からご連絡いただければと思います。

一人では絶対に届かなかったゴールドでした。

最後まで声をかけ合い、ローテを回し、きついところを一緒に耐え抜いたからこそ、掴むことができた64分25秒だったと思います。

改めて、一緒に走っていただいた皆様、本当にありがとうございました。